『防寒テムレス』が雪山登山で使えるとSNSで話題になっている。そんな話が社内だけでなく、社外からも耳に入ってきた。最初は「確かにそういうシーンでも使えるか」という程度の印象だったが、その反響は予想以上に広がっていく。
「社内でもこれはアウトドアシーン用に打ち出していくべきではないかという声が出てきました。しかし、すでにホームセンターなどで広く販売されている作業用の『防寒テムレス』をそのままアウトドアショップに提案するのではなく、何か差別化が必要だと考えました」
アウトドア用の商品はファッション性も重要。『防寒テムレス』が、SNSで話題になり始めたころから、「ほかの色にして欲しい」「ロゴを変えて欲しい」などといったユーザーからの要望が上がっていた。
「そこで、色やロゴを変えてファッション性を取り入れた商品をアウトドアユーザー向けに開発しようとプロジェクトがスタートし、新たにアウトドアブランドとして“TEMRES”を立ち上げました。ブランドを立ち上げ、従来品と差別化した商品を生み出したことで、実際にアウトドアショップへの提案もスムーズになりました」
アウトドアユーザー向けに商品を企画するにあたって、色は黒にしたいと考えた。だが、色を黒に変えると言っても、人によってイメージする黒色は異なる。そこで青色の『防寒テムレス』をスプレーで黒くして見せた。
「こういうものを作りたいんだと研究開発部に要望を出しました。口でいうより実際に目で見てもらったほうがわかりやすいですからね。研究開発部への依頼は、数多くあるお願いごとをいかにわかりやすく伝えるかに加え、我々の想いに共感してもらうことも大切なんです」
黒くスプレーされた『防寒テムレス』が「これならいける!」と共感を呼び、アウトドアユーザーに向けた“TEMRES”の開発が始まった。
「実は、アウトドアシーンで『防寒テムレス』が話題になったことは、企画担当としては少し悔しい思いもあるんです。こちらから提案して話題になったわけではありませんから」
企画グループは、商品自体を企画する商品企画と、お客様への提案や新商品のプロモーションなど販売促進に携わる販促企画のふたつに大きく分かれる。両方の役割を担う立場として、幅広い使い方を、こちらからお客様に提案したいという思いがあった。
「もともと低温下での農業や水産加工の作業用グローブとしてつくられた『防寒テムレス』ですが、透湿性、防水性、柔軟性の高さ、軽量という特徴は、アウトドアユーザーが求める機能と共通する部分が多かったのだと思います。『防寒テムレス』以外の商品も、もっと幅広いお客様に使ってもらえる潜在ニーズがあるかもしれません。グローブが使用されるシーンは、まだまだたくさんあります。『グローブのあるところにショーワあり』となれるよう、今後も広い視野で企画していきたいです」
「チャレンジ精神」がこの“TEMRES”のプロジェクトの根底にある。
「社長の近藤が、さまざまなシーンで『チャレンジ』という言葉を発信しています。“TEMRES”プロジェクトもひと昔前ならなかなかビジネスとして成し得なかったかもしれませんが、今回、新たな販路としてアウトドアルートを開拓することができました。意識をしていたわけではありませんが、社内にチャレンジ精神が浸透していたからではないでしょうか。そして、このプロジェクトは、我々のチャレンジが体現できた一例ではないかと思っています」
作業用の『防寒テムレス』から、アウトドアシーンに向けた“TEMRES”へ。その変化の第一歩は、色を青から黒にすることだった。
「単純に色を変えるだけと思われるかもしれませんが、黒にもたくさんの種類がありますし、色を変えることで原料の安定性が変わることもあります。また、もともと『テムレス』は光沢のある素材を使っているため、黒にすることで青よりも反射が強くなり、検品しづらい。そのため、従来の『テムレス』とは検品方法を変えざるを得ず、検品に時間がかかるようになったので、工場のスタッフには苦労を掛けているかもしれません」
研究開発部は、工場のスタッフとも密に関わる部署。“TEMRES”の開発においては、研究開発部だけでなく工場のスタッフも、全員が「新しいものを作っている」というやりがいや面白さから、積極的に協力してくれた。
「企画、研究開発、生産、販売などがすべて社内で完結するのでコミュニケーションも取りやすく、個々の意見交換もしやすい環境です。それが今回、“TEMRES”の開発がスムーズに進んだ要因のひとつだと思います。こうして社内で連携がとれ、ユーザーの方々からの要望に応えて開発が進み、それが受け入れられているというのは、みんなの自信になりました」
グローブの研究開発段階では、仕様をひとつ変えるだけでも、試作やユーザーテストを繰り返す。
「今回開発した『TEMRES 02winter』のカフの部分は、本当に手探りでの開発でした。これまで扱ったことのない素材、デザイン、仕様を開発するなかで、他社のアウトドアグローブを分解してみたり、手芸店に足を運んで素材を探したり。こんな素材が欲しいと思っても、扱ったことがないので、名前すらわからない。名前もわからないから発注もできない。そんなところからスタートしました。素材だけでなく、片手でドローコードを閉めたり、開けたりするにはどのような仕様にするべきか、コードは上と下、どちらに引っ張るほうがアウトドアシーンでは使いやすいのか。そんなことをひとつひとつ探りながら作っていきました。でき上がった製品をいろんな人に見てもらったのですが、みんな『これはいいね!』と言ってくれて、とてもうれしかったですね」
今回の開発によって、今後のショーワグローブにおける商品開発の可能性も広がった。
「新たな素材やパーツ、加工、縫製技術を知ることができたので、開発の幅が広がりました。“TEMRES”ブランドで山用の商品ができたので、今度はダイビングやシュノーケリングなどにも使える海用の商品を作ってみたいですね。でも、まずは“TEMRES”がアウトドアブランドとして認知され、指名買いを受けられるようになれればいいと思っています」
これまでに実績がなかったアウトドアルートでの販路開拓も手探り状態でスタートした。
「アウトドアショップでは、ショーワグローブという社名も認知されていない状態。どんな会社なのか、どんな製品を作っているのかを説明するところから始めました」
ワークショップやホームセンター、ドラッグストアといった従来の販売店とアウトドアショップでは客層も違うため、アプローチもこれまで同様とはいかない。
「従来の販売店では、いつも使っているものを買うというお客様が多いのですが、アウトドアショップでは、商品の特徴や性能をしっかりわかったうえで購入したいというお客様が多く、店員の方がお客様に商品の特徴を詳しく説明する傾向にあります。そこで、“TEMRES”とはどんな商品なのか、まず、店員の方に知ってもらおうと各店舗を回って説明をしました」
ワークショップやホームセンターとアウトドアショップでは、商品の棲み分けも必要だった。
「アウトドア市場に参入するにあたり、多くのショップから、『ワークショップやホームセンターと競合しない商品展開をしたい』とのご要望がありました。価格競争を避けたい、差別化したいということです。今回、“TEMRES”というブランドを立ち上げ、アウトドア市場に特化した商品展開ができるようになったことが市場開拓を後押ししたのだと思います」
“TEMRES”のブランディングにあたり、販促物や売り場提案も変わってきた。
「“TEMRES”というブランド名の認知向上を目指し、ロゴボードPOPやステッカーを作成したり、商品紹介の動画を売り場で放映したりといった取り組みを行っています。企画グループに『こういう販促物が欲しい』というイメージを伝え、準備をしてもらうのですが、社内連携により迅速な協力が得られる有難さを感じています」
営業という仕事は、販売店とコミュニケーションをとることができるため、お客様の声もヒアリングしやすい環境にある。
「店員の方が実際に使っているということも多く、ユーザーの声を聞く機会も増えました。また、登山以外にも、スキーやスノーボード、キャンプ、自転車など、より多くのシーンでも使ってもらえるよう、ウィンタースポーツ用品の販売イベントやキャンパーを対象としたイベントにも参加していますので、一般ユーザーとの接点も増えてきています。新たに発売した“TEMRES”に関してもすでにさまざまな声が寄せられており、そういった情報を吸い上げて社内に伝えていきたいと思います」
雪山登山から話題になった『防寒テムレス』は、より広い層の方々に使ってもらえるアウトドアブランド“TEMRES”へと進化しつつある。
「創業から65年以上が経つ歴史のある会社ですが、若い人のチャレンジを後押ししてくれる社風があります。今回のプロジェクトで新たなルートを開拓することができました。グローブには、まだまだ提案できる分野があると思うので、日々、アンテナを張って、さらに新たな分野にもチャレンジしていきたいですね」
各グループ、個人個人がそれぞれチャレンジし、その役割を全うすることができたからこそ、“TEMRES”によってアウトドア市場を開拓することができた。
企画、研究開発、生産、販売といった一貫体制のもと、部署の垣根を越えてすぐにコミュニケーションがとれる風通しの良さや、各々のチャレンジを後押ししてくれる社風も、プロジェクトがスムーズに進んだ背景にあったと言える。
ショーワグローブのアウトドアブランド“TEMRES”はまだスタートしたばかり。今後のさらなる成長を目指し、挑戦は続いていく。