園芸研究家・はたさんに聞く!
今日からできる家庭菜園入門
はたあきひろ
さん
Akihiro Hata
園芸研究家。「庭暮らし研究所」代表。NHK総合テレビ「ぐるっと関西おひるまえ」に野菜作り講師として出演。著書に『コップひとつからはじめる自給自足の野菜づくり百科』『ペットボトルからはじめる水耕栽培とプランター菜園』(いずれも内外出版社)など。
自分で育てた新鮮な野菜を、毎日の食卓で楽しむ……。そんな家庭菜園に憧れはあるけれど、「庭がないから」「大変そうだから」と尻込みしていませんか?
そこで訪ねたのは、園芸研究家・はたあきひろさんのご自宅です。奈良市のニュータウンで家族5人分のお米と野菜を作り、豊富な知識とあたたかな眼差しで野菜作りの楽しさを発信しているはたさんに、家庭菜園の「はじめの一歩」を伺いました。
庭やベランダに「野菜のいけす」を作ろう!
――はたさんが家庭菜園で育てているのは、どんな野菜ですか?
リーフレタスやネギ、ニラなどは1年中、秋冬の野菜ではケールやインゲン、セロリ、タマネギ、ニンニクなどを育てています。ローズマリーなどのハーブや、レモン、ヒメリンゴ、キウイといった果樹もあります。僕が提案しているのは「住宅地でも簡単に菜園を楽しめる」というもので、実際にこれらをすべてニュータウンの庭先で育てているんですよ。車で10分ほどの場所にある田畑では、お米、キャベツ、サツマイモなどを作っています。
――家庭菜園を一から始めるにあたり、知っておきたいことを教えてください。
まずは「農業と家庭菜園は違う」と心得ましょう。規模の大小ではなく、根本的に違うものです。育てやすいリーフレタスを例に説明しますね。
農業の場合、苗を植えてから2ヶ月ほどかけて大きく育て、土から抜いて収穫します。その間は当然食べられませんし、隣り合った苗が成長を妨げないよう間隔をとって植えるので、広い土地も必要です。
一方で家庭菜園は、15cm程度の狭い間隔で植えても大丈夫。隣り合う苗と葉が触れ合うくらいに成長したら、外側の葉を摘んで収穫します。翌日にはまた新しい葉が出ているので、また収穫して。生きた野菜を常にストックし、食べるときに必要な分だけ採る、いわば「野菜のいけす」が家庭菜園なんです。
品種によって好む温度や気象などが異なるので、たくさんの品種を少しずつ育てるのがおすすめです。不作になるリスクを分散できますし、何よりいろんな野菜を収穫できる楽しみがあります。
マンションの一室でも、思い立ったら今すぐできる
――初めて家庭菜園をする方にも育てやすい野菜は何ですか?
最初は虫がつきにくい品種がいいでしょう。具体的には、先ほど紹介したリーフレタスや、シュンギクといったキク科の野菜です。特にシュンギクはベビーリーフも食べられるので、種から育てる楽しみがあります。どちらも一年中種まきできますが、種が休眠から目覚めやすい春分・秋分の頃がおすすめです。
〈メディアでもおなじみの「ひと坪ファーム」〉
種から育てるのにこだわらず、ホームセンターで苗を買ってもいいでしょう。園芸では「苗半作(苗の出来で半分決まる)」という考え方があり、プロが育てた苗なら失敗する確率はグッと下がります。良い苗を買うコツは、あらかじめ店員さんに入荷日を尋ねて、入荷当日から2、3日の間に購入すること。店頭で並んでいるあいだに世話が行き届かず、苗の状態が悪くなることがあるんです。
それが手間なら、100円均一ショップをのぞいてみましょう。スプラウトの種とスポンジを買えば、自宅の食器で水耕栽培を始められます。
種や苗を買わなくたっていいんです。料理で残ったネギの根っこを、水を入れたコップに挿しておく。するとすぐに成長し始めます。豆苗も同様に、残った根を水に浸けておけば、また生えてきて食べられますよ。まずは無理なく楽しめる方法で、「自分で作って自分で食べる」という豊かさに触れてみてください。
手袋は、機能はもちろん見た目も大切
――日頃使っている道具には、どんなものがありますか?
草刈りや稲刈りに使う鎌、移植ごて、剪定に使うハサミ、ジョウロなどがあります。いずれも、良いものを長く使うのが僕の考え方。手をかけて作られているものは、手入れのしがいもあります。
そして、畑仕事の必需品といえば手袋です。例えばタマネギの植え付け。こうして指で土に穴を開けては植え、開けては植えを繰り返すので、素手ではすぐに指先が痛くなる。ほかにも、鎌を使うとき、時期が終わった苗の根っこをほぐすとき、トゲのある樹木の手入れをするときにも手袋は欠かせません。
――手袋を選ぶうえでのこだわりは何ですか?
通気性の良さを重視しています。いろいろと試したなかで一番気に入ったのが、ショーワグローブの「グリップ」。夏も冬も気持ちよく使えるし、フィット感もあり、もう10年以上愛用しています。今使っている「ライトグリップ」は派手すぎない中間色なので、少し垢抜けた雰囲気があっていいですよね。同じグリップシリーズなので、フィット感やグリップ力も申し分ありません。
野菜作りは、自然界とつながるきっかけをくれる
――はたさんご自身は、庭先と田畑で家族5人分のお米と野菜を作っていらっしゃいます。自給自足の生活を始めたきっかけをお聞かせください。
きっかけは1995年の阪神・淡路大震災です。家族は全員無事だったものの、兵庫県西宮市の実家は全壊でした。
当時の僕は大手住宅メーカーに就職して四年目。バブル期は終わっていたとはいえ、会社の業績は良かったので「もう定年まで安泰だ。」なんて思って楽しく暮らしていたんです。震災当日はまだ救援物資は何も届かず、お金はポケットにちゃんと入っているというのに、どこもお店の棚は空っぽで本当に何も手に入らないのです。探し回ってようやく手に入れたのは、コンビニのおにぎり2個だけでした。
ただ、そのおにぎりの味は20年以上たった今も忘れることが出来ません。僕と家族のかけがえのない命を明日へ繋いでくれた安堵感とでもいうのでしょうか。美味しさと共に、それまで感じたことのない幸せというか、何とも満たされた気分を味わったのでした。
この経験から、命をつなぐ「食」をベースにして生きていこうと決めました。そして、これを他人まかせにはしないと。自然界に目を向ければ、どんな動物も自ら食料を確保し、生きている。自給自足はすべての生き物が活動する基盤なのだと、僕は思います。
この田畑を見てみてください。いろいろな野菜があるから、それぞれを好む虫や鳥がやってくる。多様な動植物が共存することで全体のバランスが保たれている。今盛んに言われている「ダイバーシティ」そのものですよね。現代社会の課題に対して、自然界はずっと前から答えを示しているわけです。自然は偉大な先生であり、人間もまたその一部であることを教えてくれます。
現代の便利な暮らしを享受していると、こうした実感は持ちにくいかもしれません。暑さや雨を不快に感じたり、快適さを求めて環境負荷の高いエネルギーに依存したりしがちです。でも、少しだけでも野菜を育ててみると、日差しも雨も恵みだと感じるし、おのずと環境にも目が向くようになります。暮らしのなかに、自然界とつながる扉が開くんです。
少々大きな話になりましたが、園芸はこんなふうに自然を意識するきっかけにもなります。まずは小さなプランター1つ、水耕栽培1つから、自然界とつながってみませんか? きっと素敵な発見があると思います。
(2022年11月10日取材)