風と波を読み、技と力で船を操る。
海のF1で世界一を目指すセーリング選手
古谷信玄 さん
Shingen Furuya
高柳彬 さん
Akira Takayanagi
古谷信玄
セーリング49er級選手。株式会社エス・ピー・ネットワーク所属。1989年1月9日、神奈川県生まれ。小学生時代からセーリングに取り組み、49er級では2016~2020年の全日本選手権優勝、2018年のアジア競技大会優勝の実績を持つ。
高柳彬
セーリング49er級選手。株式会社エス・ピー・ネットワーク所属。1996年8月21日、石川県生まれ。高校時代からセーリングをはじめ、470級で出場した2018年の世界選手権大会で銀メダル。アジア競技大会でも優勝を果たした。
大自然を相手に風や波を読みつつ、選手間での駆け引きも繰り広げながらゴールを目指すスポーツ、セーリング。なかでも時速50km近くのスピードが出る高速艇を操ることから、「海のF1」とも称されるのが49er級。技術もパワーもハイレベルなものが要求される同種目の魅力とグローブについて、世界のトップを目指して戦う古谷信玄選手・高柳彬選手のペアに話を伺いました。
セーリングに魅せられた理由
――まずお二人の競技キャリアについて伺います。古谷選手は小学生の頃から競技経験があるそうですね。
古谷 父がヨットに携わる仕事をしていた関係で、小さな頃から海に遊びに行く環境がありました。中学卒業後はヨット留学の形で福岡の強豪校に進学し、そこで成績が出始めてからより競技に熱中するようになりました。
高柳 私は高校でヨット部に入部してこのスポーツをはじめました。大学のヨット部では身体の大きさを見込まれて監督に鍛えてもらい、成績も伸びたことで競技もより楽しくなっていきました。
――経験を重ね、上達するほどに楽しさの増すスポーツなんですね。
古谷 現在の49er級に乗りはじめて6年目になりますが、今でも練習すればするだけ上手くなるのが楽しいです。
――海を舞台にしたスポーツなので、風や波を読む力も経験とともに高まってくるのでは……と想像します。
古谷 経験を積み重ねることで、その感覚は身についてきます。進路を決めるには、風や相手選手の状況、潮の流れなどの様々な要素が判断材料になりますし、海上ごとのクセを知ることも大事です。
たとえば江の島は、今日のような北東の風のときは風速に強弱がありますが、その逆の南西の風のときは安定した風速が続く傾向があります。試合や練習の積み重ねで面白さが増していくのは、セーリングの特徴だと思います。
――そうした魅力があるからこそお二人は学校卒業後も競技生活を続けられているわけですね。なお高柳選手は大学時代の2018年、世界選手権の470級で銀メダルを獲得し、アジア大会でも優勝されています。
高柳 非常に高いレベルの選手たちが集う世界選手権で、成績が出せたことは本当に嬉しかったです。アジア大会のほうでは「最低でも優勝」という目標を掲げていました。
古谷 セーリングではヨーロッパやオセアニアに強豪選手が多いので、「アジアで勝って満足はしていられない」という意識があるんです。僕も同じ2018年のアジア大会では金メダルを獲得できましたが、「次は世界で戦えるレベルに」という気持ちが強かったです。
「海のF1」こと49er級の世界
――お二人は1年ほど前から49er級でペアを組まれていると伺っています。49er級はセーリングの中ではどのような種目なのでしょうか?
古谷 最高速度が50km近くなるスピードが一番の特徴で、乗りこなすのも非常に難しい種目です。2人で160kgを超えるような体重が求められ、乗りこなすにはセンスだけでなくパワーも必要になります。高柳選手はそうした能力を兼ね備えていたので、新しいペアを探していた私から声をかけました。
スキッパーとクルーの役割があり、私が担当するスキッパーの一番大きな役割は艇のかじ取りです。風の状況や相手の状況を先読みしつつ、いかにスピードを維持して艇を進ませられるかが大切になります。なお他の種目ではメインセール(一番大きな帆)の操作もスキッパーが行いますが、49er級ではその操作をクルーが担当します。
高柳 クルーはメインセールの操作のほか、風に合わせて船の傾きのバランスを取ったり、状況や進路の判断を伝えてスキッパーをサポートしたりするのが主な役割です。
――時速50km近くが出る状況では、艇のバランスを維持するのも大変だと思います。
古谷 気を抜くとすぐに転覆する怖さはありますし、バランスを崩して艇に身体を打ち付けるようなことがあれば、骨折や靭帯損傷などのリスクもあります。またセーリングは様々な道具を使うスポーツなので、その管理をきちんと行って、ケガのリスクを減らすことも日々意識しています。
高柳 シート(帆の張り具合を調節するロープ)も強い力で引くことで劣化しますし、放置しておけば競技や練習中に切れてしまうこともあります。そのため危険な劣化をいち早く見つけて交換を行うことも大切ですね。
よりパワーを出せるグローブを求めて
――いま道具の話がありましたが、様々な道具の性能も競技の結果を左右するのでしょうか?
古谷 左右しますね。たとえばブーツが滑りづらいものなら、それだけ踏ん張りが効いてパワーが出せるので、評判が良かったのに廃盤になった製品などは、最近は在庫の取り合いになっています。同様にグローブもグリップ力が高ければロープを強く引けるので、やはり全選手がいい製品を探しています。
高柳 手の保護の意味でもグローブは重要です。ロープが接触する部分は、グローブをしていても手の皮が剥けてくるほど強い刺激があるので、その部分には一定の厚みが必要です。
――お二人は現在ショーワグローブの「股付グリップ」を使われているそうですね。
古谷 49er級はロープを引くにも高いパワーを使うので、親指と人差指の指股部分の厚みとグリップ力の高さには本当に助けられています。
高柳 470級のときは「グリップ(ソフトタイプ)」を使っていましたが、49er級で「股付グリップ」に変えて、よりパワーが出せるようになりました。また伸びるところは伸びる伸縮性があるので、強い力をかけても手に負担があまりかからない実感があります。
――スキッパーとクルーでは手袋に求める役割も違うのでしょうか?
古谷 クルーのほうがより高いパワーが必要なので、グリップ力が高いものがいいですね。スキッパーはかじ取りの時にかじ棒をすべらせるような動きがあるので、高柳選手が使ってグリップが弱まったお下がりを私が使うとちょうどいいんです。
高柳 セーリングには専用のグローブもありますが、やはり価格が高価です。パフォーマンスが高くてコストも安く、ホームセンターやコンビニでも買えるショーワグローブの製品はずっと愛用しています。
僕が高校生の頃から世界選手権などに出場する選手は緑の「グリップ(ソフトタイプ)」を着用していましたし、海外選手にも愛用者は多いです。
――それだけグローブというのはセーリングで重要な用具なわけですね。
古谷 本当にそうです。たくさんの道具を扱うスポーツですので、そこで手袋が果たす役割は大きい。何より、いいパフォーマンスを求めるうえで欠かせないものですね。
(2021年9月29日取材)