楽しく備えて、しっかり安心。
型にはまらない「わが家の防災」のすすめ
国崎信江 さん
Nobue Kunizaki
危機管理アドバイザー/危機管理教育研究所代表。防災をはじめ、防犯や事故防止など、さまざまな危機管理について女性の視点と生活者の視点で提案している。著書に『マンション・地震に備えた暮らし方』(エイ出版社)、『決定版 巨大地震から子どもを守る50の方法』(ブロンズ新社)など。
https://www.kunizakinobue.com/
いつ、どこで起こるか分からない自然災害。備えを万全にしておきたいとは思いつつ、何から手をつければいいか迷ってしまい、ついそのままにしていませんか? そこで、危機管理アドバイザーとして暮らしの危機管理を提唱する国崎信江さんに、暮らしの防災のコツを伺いました。堅苦しくなりがちな「防災」をぐっと柔軟に考えられるようになる、新鮮なアイデアがいっぱいです。
災害列島・日本では、防災も日常生活の一部
――家庭の防災を考える際、どんな視点が大切でしょうか。
第一に、「わが国が地震大国である」という意識を持つことです。日本に住んでいる以上、地震は当然起こりますし、自分が被災することももちろんあり得る。さらに日本は火山大国でもあり、豪雪地帯が国土の半分を占めるため雪害も起こります。ほかにも台風や豪雨、土砂災害、竜巻……。いわば災害列島に暮らしているのです。暑さ寒さの対策をしたり、交通安全を心がけたりするのと同じように、防災を当たり前のものとして暮らしに根付かせるのが大切です。
かといって四六時中神経を尖らせる必要はありません。誰もができる方法でしっかり備え、幸せな時間を過ごすというのが私の考え方。例えば、次のような防災を提案しています。
・コツコツ防災
月々数千円程度を「防災費」として確保し、毎月少しずつ備えを充実させる方法です。例えば、家具の転倒対策をする場合。今月は寝室用に固定器具を買い、来月はキッチン、と進めていけば、1年で12カ所を固定できます。このように、安全をコツコツ積み立てていくのです。
・ついで防災
図書館に行ったついでに防災の本を借りてみる、役所で手続きをしたついでにハザードマップをもらうといった具合に、用事のついでに防災を意識してみましょう。インテリアやキッチン用品を買い替えるときは、布や革、シリコン、ゴムといった柔らかい素材をチョイス。人に当たってもケガをしにくく、割れて破片が飛び散ることもないので、買い替えのついでに安全な空間づくりができます。
ここで間違えてはいけないのが、防災の優先順位です。つい防災グッズを買い集めて安心したくなりますが、第一に取り組むべきは住まいの耐震化、その次に家具・家財の転倒防止や飛び出し防止。まずは命を守れる環境を整えるのです。備蓄や防災グッズに着手するのは、それからでも遅くありません。
備蓄のおすすめは、いつもの食材と好きな飲み物
――食糧品は、何をどのくらい備蓄しておくと安心でしょうか。
普段から食べているものを多めにストックし、消費したらその分を買い足す、「家庭内流通備蓄(ローリングストック)」をおすすめしています。防災備蓄用の長期保存できる食品を買っても良いのですが、場所をとるし、賞味期限などの管理も大変。なにより、非常時に食べ慣れたものや好きなものがあると、ホッとするものです。
備蓄の量は一般に3〜7日分が目安とされますが、私が推奨しているのは10日分。特に被災人口が多い都心部では、全員分の物資が必要なだけ行き渡るとは考えにくいので、各家庭で多めに備えておくと安心です。
〈国崎さんの提案する防災用品は、普段使いしたくなるデザインや機能性がポイント〉
飲み物についても考え方は同じです。1日一人あたり3リットルの飲料水を備蓄するのが定説ですが、平時は場所をとるばかりでわずらわしいのが本音ですよね。そこで、わが家では各々が好きな飲み物を箱買いしています。子どもたちはゼリー飲料や炭酸飲料、夫はトマトジュース、私は豆乳という具合。すると、邪魔に思える大量の備蓄も、たちまち幸せなストックに変わるでしょう? これを「しあわせ備蓄」と名付けています。残り数本になったら、切らさないようにまた箱買い。「次は何を飲もうかな」と選ぶのもワクワクするし、子どもも防災備蓄を楽しむようになります。
こんな具合に、暮らしの備えは固定観念にとらわれず、柔軟な発想で取り組むのがポイントです。
手を守ることが、命を守ることになる
――外出先での被災に備えて、通勤・通学のバッグに入れておくと良いものは何ですか?
両手が使えるヘッドライトや、スマートフォン用のモバイルバッテリー、応急手当のための道具、衛生対策グッズなどがあると安心です。私が普段から持ち歩いているのはこちら。
通勤中にビルからガラス片や看板が落下してくることも考えられますから、思わぬケガに備えて止血用パッドはいつでも持っておきたいもの。子どもたちにも必ず持たせているんです。つかいきりグローブは、ポリエチレン製とニトリルゴム製を一双ずつ持ち歩いています。
――つかいきりグローブはどんなときに役立つのでしょう?
ポリエチレン製のものは、断水で手洗いができないときに重宝します。例えば用を足す際にグローブをし、そのあと外して捨てれば、手はきれいなまま。衛生面が気になる環境なら、常時つけていてもいいくらいです。医療現場でも使われるニトリルゴム製のグローブは、負傷した人の応急手当をする際、血液感染のリスクを防ぐために必ずはめます。
作業用の手袋も備えておくと安心です。というのも、災害時には手を保護するのが非常に重要なのです。ガラスや折れた木材などの片付けで、ほんの小さな切り傷ができただけでも、傷口から破傷風に感染するリスクがあります。切れにくい繊維を使用した耐切創タイプの手袋なら、一般的な軍手よりも安心感がありますね。そして重いダンボール箱などを運ぶときは、グリップ性の高いものが便利。被災時にどんな行動をし、どんな物を扱うのかをイメージして、用途に合った手袋を揃えておくといいでしょう。
防災のスタイルは、家族の数だけあっていい
――もしものときに備えて、家族で確認しておいた方がいいことはありますか?
よく言われるのが「避難所までの地図をみんなで書いて話し合う」「災害用伝言ダイヤルの使い方を覚える」といったものですが、これも慣れているやり方で備える方がスムーズです。避難所までのルート確認は地図アプリで十分。例えば「Googleマップ」なら、ストリートビュー機能で現地の様子を確認できるので、家族との待ち合わせの目印を決めるのにも役立ちます。被災したときの連絡手段も、普段使っている無料通話アプリやチャットツールで困らないでしょう。なかでも、2011年の東日本大震災を機に開発された「LINE」には、災害時に役立つ機能が満載です。活用のしかたを家族でチェックしてみてください。
――防災のために特別なことをするのではなく、普段使っているツールを防災にも応用できると知っておくのが大切ですね。
その通りです。特にスマートフォンは、見方を変えれば頼もしい防災ツール。連絡を取り合えるだけでなく、SOS発信も情報収集もできる、ラジオも聞ける。ライトや防災ホイッスルの代わりにもなります。もしもに備えて、地震速報や避難所検索、防犯ブザー、自治体の防災アプリなどもダウンロードしておきましょう。特に東京都の「東京都防災アプリ」は機能やコンテンツがとても充実していますので、都内在住・在勤の方はもちろん、東京への出張や旅行が多い方にもおすすめです。
――子どもの防災意識を高めるには、どんな方法がありますか?
地域の防災センターに行って、一緒に災害シミュレーションや防災講習に参加してみましょう。ポイントは、子どもに学んでもらうのではなく、親が率先して楽しむこと。消火器訓練なども「お母さんがやる」と張り切ってトライすると、子どもも「ちょっと代わって!」とやる気になります。
家族でアウトドアレジャーをするのもいいですね。カセットコンロで炊事をしたり、携帯トイレを使ってみたりと、ライフラインが途絶えたときの過ごし方を楽しみながら訓練できますよ。
防災は日常生活の延長線上にあるものですから、身構える必要はありません。自分と家族にとって無理のない「我が家の防災」を、ぜひ考えてみてくださいね。
(2023年5月18日取材)